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この主人公は名を杉田古城といって言うまでもなく文学者。若いころには、相応に名も出て、二、三の作品はずいぶん喝采(かっさい)されたこともある。い や、三十七歳の今日、こうしてつまらぬ雑誌社の社員になって、毎日毎日通っていって、つまらぬ雑誌の校正までして、平凡に文壇の地平線以下に沈没してしま おうとはみずからも思わなかったであろうし、人も思わなかった。けれどこうなったのには原因がある。この男は昔からそうだが、どうも若い女に憧れるという 悪い癖がある。若い美しい女を見ると、平生は割合に鋭い観察眼もすっかり権威を失ってしまう。若い時分、盛んにいわゆる少女小説を書いて、一時はずいぶん 青年を魅せしめたものだが、観察も思想もないあくがれ小説がそういつまで人に飽きられずにいることができよう。ついにはこの男と少女ということが文壇の笑 い草の種となって、書く小説も文章も皆笑い声の中に没却されてしまった。それに、その容貌(ようぼう)が前にも言ったとおり、このうえもなく蛮(ばん)カ ラなので、いよいよそれが好いコントラストをなして、あの顔で、どうしてああだろう、打ち見たところは、いかな猛獣とでも闘(たたか)うというような風采 と体格とを持っているのに……。これも造化の戯れの一つであろうという評判であった。
ある時、友人間でその噂(うわさ)があった時、一人は言った。
「どうも不思議だ。一種の病気かもしれんよ。先生のはただ、あくがれるというばかりなのだからね。美しいと思う、ただそれだけなのだ。我々なら、そうい う時には、すぐ本能の力が首を出してきて、ただ、あくがれるくらいではどうしても満足ができんがね」
「そうとも、生理的に、どこか陥落(ロスト)しているんじゃないかしらん」
と言ったものがある。
「生理的と言うよりも性質じゃないかしらん」
「いや、僕はそうは思わん。先生、若い時分、あまりにほしいままなことをしたんじゃないかと思うね」
「ほしいままとは?」
「言わずともわかるじゃないか……。ひとりであまり身を傷つけたのさ。その習慣が長く続くと、生理的に、ある方面がロストしてしまって、肉と霊とがしっ くり合わんそうだ」
「ばかな……」
と笑ったものがある。
「だッて、子供ができるじゃないか」
と誰かが言った。
「それは子供はできるさ……」と前の男は受けて、「僕は医者に聞いたんだが、その結果はいろいろあるそうだ。はげしいのは、生殖の途(みち)が絶たれて しまうそうだが、中には先生のようになるのもあるということだ。よく例があるって……僕にいろいろ教えてくれたよ。僕はきっとそうだと思う。僕の鑑定は誤 らんさ」
「僕は性質だと思うがね」
「いや、病気ですよ、少し海岸にでも行っていい空気でも吸って、節慾しなければいかんと思う」
「だって、あまりおかしい、それも十八、九とか二十二、三とかなら、そういうこともあるかもしれんが、細君があって、子供が二人まであって、そして年は 三十八にもなろうというんじゃないか。君の言うことは生理学万能で、どうも断定すぎるよ」
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